風のない午後に 

還暦が近づいて思うこと、日常、非日常、興味のあることなどなど勝手気ままに。

槙原敬之さんが逮捕されて

薬物所持で逮捕されて、テレビもネットも槇原敬之さんに対しての

コメントやバッシングで盛んです。

 

 

 

 

一度でも薬物に手を出してしまうと

止めようと思っても中々止められないもの

なぜそれを分かっていて手を出してしまうのか

分かっていて手を出す意志の弱さと

このようなコメントが多数あります。

 

 

 

確かに薬物に手を出さず真面目に仕事に向き合って

どんなに辛い時でも自分自身と向き合って

力強く生きている人は沢山います。

 

 

 

しかし、色んな人がいて

誰しもがみなが強いわけではありません。

 

 

 

『意志の弱さ』

と、一言で片づけられていいものか

いつも疑問に思うことがあります。

 

 

 

薬物とは全く異なりますが、

新興宗教を信じて疑わず

信仰していない人を不思議に思う友人がいました。

 

 

 

直接の言葉で勧誘されたことはありませんが、

何度かイベントに誘われたことがあります。

こんなに素敵なことが待っているとか

人として穏やかに前向きに生きられるようになるとか

普段は物静かな友人がこの時ばかりはかなり饒舌に話をするのです。

 

 

 

信仰心はないわけではありません。

先祖のお墓参りは欠かさずしていますし

信仰することで心が穏やかになることも理解できます。

 

 

 

しかし、それと新興宗教に入ることとは別物と思っています。

友人は言いました。

『宗教に入らずに生きている人が不思議。自分は宗教がなければ

生きてはいけないと思うから。』と。

 

 

 

聞いてみると、友人が生まれる前からご両親は新興宗教の方で

当たり前のように家族の中で育ってきたと。

 

 

 

薬物は生まれながらではありませんが、

もし、その時に誘われたものが薬物ではなく新興宗教だったら

逮捕されることはないわけです。

 

 

 

ギャンブル依存、アルコール依存と同じように

薬物依存があるということを

私たちはもっと理解していくべきことかもしれません。

 

 

 

意志が弱いから

何かにすがっていなくては生きてはいけない。

そうであるならば、

新興宗教を信仰することは一番ただしい道かもしれません。

宗教の自由というものがあるのですから。

 

 

 

マッキーが新興宗教の信者か否かは知りませんが、

マッキーも出会いが薬物でなかったら

止められないという苦しみを味わうことはなかったでしょうに。

 

 

 

ただ、ひとつ願うことは

二度目の薬物での逮捕で芸能界から追放されるようなことがないように。

薬物依存は病気です。

病気と闘い今度こそ完治して、また沢山の素晴らしい歌と歌声を

聞かせてほしいと切に願います。

 

 

 

 

新興宗教を信仰している方々へ

私が新興宗教を信仰してないからといって

新興宗教を否定しているわけではあません。

友人の言葉で新興宗教を信仰することの意義を

知ることが出来てよかったと思っています。

文章の中で、気分を害する言葉がありましたらご容赦ください。